Sky Innovation HYOGO

Interview

ドローン×赤外線カメラでシカの生態系調査をレベル3まで実施、獣害対策に新たな一歩

#ドローン #獣害対策 #西播磨 #赤外線センサー
2022.02.2

 兵庫県の鳥獣対策課は、獣害対策支援のひとつとしてドローンを活用すべく、令和2年度の「ドローン先行的利活用事業」にて広く民間に提案を募集した。令和元年度から兵庫県が始めた、全庁横断となるこの取り組みは、兵庫県の産業労働部産業振興局新産業課が実施を全面的にサポート。県内企業を中心とした官民連携で、ドローンの利用を促すべく実証実験企画を行ってきた。

 株式会社T&Tが採択となり実施された本プロジェクトでは、約200haという範囲の森林をドローンで空撮し、シカの生態系を把握する糸口が掴める成果を上げることができた。本事業について当初抱えていた課題感から、ドローンの開発について、また今後の展望まで、兵庫県鳥獣対策課 被害対策班長 新見(しんみ)氏と、株式会社T&Tの会長 前田氏、担当者である社員の中田氏に詳しく話を伺った。

農業被害を根本から食い止めるため、生態系調査を実施

 兵庫県は「日本の縮図」とも呼ばれるほどの多様な地形と気候風土を持っていると言われる。日本海と瀬戸内海に接し、淡路島を通して太平洋に続いている。その多彩な気候風土が生み出す四季折々の土地の恵みも様々で、生産量で全国順位の上位を占める農林水産物も多く、農産物では、山田錦(酒米)や丹波黒(黒大豆)、たまねぎ、いちじくなどが有名だ。

 そんな兵庫県の農家は日々、森林内に生息しているシカやイノシシによる農業被害に悩まされている。鳥獣対策課 被害対策班長の新見氏によれば、現在兵庫県内の森林には11万頭のシカが生息すると予測されるという。県内3600程ある全集落に対して森林動物研究センターが行った調査によれば、「被害が大きい」とする農家は全体の3割以上。毎年収穫物の3割以上の被害が出ると報告がある集落も100を超える。

「これまで捕獲のほか柵をつくるなどの支援を行い、多少の被害軽減はされてきていますが、本来目指している“農業被害を抑え込む”ところまでは至れていないのが実情です。今以上の捕獲方法や捕獲効率の向上には、どれぐらいのシカがどこに生息しているのか、それをしっかり見極めることが必要です。そこでドローンを活用して調べることはできないかと考えて、新産業課の利活用事業に掲載させていただきました」(新見氏)

 今回のプロジェクトでは、令和元年度に丹波市内で行った固定翼タイプドローンを用いた調査の反省を生かしながら、次年度以降に実際の捕獲などについて、何らかの展開が考えられるようなデータを取得したい、ということを目標とした。

「通常の視覚で森林内のシカを補足するのはほぼ不可能ですので、ドローンに赤外線カメラを搭載し、地表との温度差でシカ個体をしっかり捕捉してもらうことが出来ないかなと考えました。そこで調査時期については、広葉樹が葉を落とし地表温度が低い、冬場の実証実験を想定していました。また、高度が高いと対象の補足が困難なため、回転翼のドローンで、低い高度でしっかりと撮影して頂きたいと思っていました」(新見氏)

ドローン×撒き餌で対象動物をおびき寄せ撮影

本プロジェクトでは、ドローンによる撒き餌投下でシカをおびき寄せてカウントするということを提案、実施した

 本事業では、兵庫県にてドローンスクール運営を始め、様々なドローン関連業務を行う株式会社T&Tが採択を受け、ドローンの開発と目視内での自動・自律飛行(レベル2)までの実証実験を行った。調査対象地となった西播磨の播磨科学公園都市(以下、光都)は、T&Tの事務所から車で20分程度という近距離にある。

「我々の会社はこの光都の非常に近くで、人間よりシカの方が多いような田舎にあります(笑)。都市部の業者さんと比べてかなり自由にドローンを飛ばす訓練が出来る環境ですし、山間部の操縦については、経験値が多いと自負しています。また、ドローンを使って測量する業者さんは沢山いらっしゃいますが、ドローン事業者で調査の経験値が多いというところも、我々の独自性があるところかなと思っています」(中田氏)

 T&Tは、令和元年度事業にてて回転翼機を用いて同様の業務を実施していた。その際は、障害物等の制約条件があり、100〜150mという高めの高度にて撮影しなければならなかった。画角は広かったので、一度に広い面積を撮影することができたが、対象物は非常に小さくしか映らず、判別が容易でなく、またカウントにも時間がかかったのが課題であったという。

「今回の応募に当たっては、行政からのニーズに対応するだけでなく、撒き餌などをドローンで撒き、シカをおびき寄せてカウントする方が、効率が良いのではないかと考えて提案させて頂きました。我々は物資輸送のドローンも開発しておりまして、ドローンを手動で飛ばして物資を投下することができます。ニホンジカが好むとされる牧草などを固めたアルファルファキューブや岩塩を、ドローンで撒いてはどうかと考えました」(中田氏)

 T&Tの“開発”ポリシーは、機体開発を独自に行わず、今ある機材の組み合わせで行うのが特徴だ。求められているニーズに対しては、基本的には市販の赤外線カメラやドローンを組み合わせることで対応しており、餌の投下ボックスについては新たに開発した。本事業における「鳥獣対策」という課題は、兵庫県だけではなく日本全国で困っている人がいる。既存機材の組み合わせで、誰でも同じような取り組みが出来るようになれば、と中田氏はその思いを語ってくれた。

低高度での飛行により、解像度高い撮影を実現

 今回の調査では、調査希望の敷地面を指定して漏れなく調査できるルートを割り出してくれるソフトウェアを利用した。操縦者はプログラムで示された通りに、ドローンで飛行するだけで撮影できる。

「ドローンを飛行させるに当たって大切なのは、事前準備です。ドローンと操縦者との間の電波状況の確認や、周辺障害物の確認は必ず行い、理想の離発着場所を選定します。万が一にもトラブルが無いように、下見の時点で全ての準備を完了させます。我々T&Tは、もちろん、全員、操縦のプロではありますが、今回実施している内容に関しては、特別技術的に難しいわけではありません。普及フェーズになった時も、事前準備さえしっかりできていれば、比較的どなたでも実施して頂きやすい内容になっていると思います」(中田氏)

 実証実験場となった光都は、市街地と比べれば民家なども少ないが、調査範囲に住んでいる方への周知などは、ドローンの実証実験の準備の中でも重要事項のひとつだ。

「光都の高台の上には、西播磨県民局はじめ、研究施設や住宅などが点在しています。通常であればドローン事業者で実証実験のご説明、周知などをする必要がありますが、今回は兵庫県さんにご協力を頂いて、お任せすることができました。そういう意味で、非常に“飛ばしやすい”業務であったと言えると思います」(中田氏)

 T&Tによるレベル2での実証実験では、補助者を適切な数配置し、離発着地点から1km先までの範囲で、安全を確保しながら飛行調査した。昼夜の撮影を1セットとして全部で10セット(10日間)の調査を行っている。赤外線センサーは夜間調査に有利であるが、シカの生態系を把握するための調査であることを念頭に、昼夜両方での調査が有効であると考えての実施であったという。本調査で見つけたシカの数は、これまでの調査数と大体一致しているという評価が既に出ている。

「寒い冬場の飛行を実証実験時期に選んだため、バッテリー負荷などの問題で、ドローンが長く飛べないなどの問題がでるのではないか、調査面積は狭くなってしまうのではないかと想定していました。ところがT&Tさんからは、思っていたより広い範囲飛んで頂けるとご提案頂き、希望していた範囲に近い面積で調査を実施して頂くことが出来ました。思いのほか、たくさん補足して頂いていて、とても有り難い状況です」(新見氏)

「今回の光都での飛行は、高度50〜70mと低空での飛行でした。画角が狭いため、一度に撮影できる面積が減って、撮影時間そのものは増えてしまいます。そこで、確認時間がこれまでより大変なのではないかと懸念していました。ところが、これは私も意外だったのですが、解像度が上がったことで対象物がシカかどうかの判断がすぐに出来るようになりました。昼夜調査した後、そのカウント報告は翌日に担当者にお渡しすることを求められましたが、問題無く実施することができました」(中田氏)

夜間、撒き餌に寄ってきたシカを赤外線カメラにて撮影した


次年度以降の獣害対策に、取得データを繋げていきたい

レベル3実証実験時の様子。本実証実験はプレス関係者に公開して実施された

 今回のプロジェクトでは、レベル3の実証実験に対応出来る事業者として株式会社ACSLの協力を得て、LTE通信を用いた補助者無し目視外飛行(レベル3)による調査も実施した。本実証実験はその先進性に注目が集まり、プレス関係者に公開して実施した。

「レベル3に対応出来る事業者は日本でも非常に限られておりまして、今回はACSLさんに再委託という形で協力をお願いしました。鳥獣対策の展望としては、レベル3、レベル4での調査がもっと普及してくることで、様々な場面で使えようになるだろうと思っています」(中田氏)

 レベル3の調査では、徒歩で入ることが難しいエリア上空、75mの高度からドローンで撮影をした。4K可視光カメラと赤外線センサーカメラの2種類での撮影を実施したところ、赤外線センサーカメラでは、ニホンジカを判別可能なクオリティで撮影することが出来ることが確認された。

「今回の実証実験によってシカが昼間潜んでいる場所と、夜の餌場とが把握できたので、実際の鹿の動きが見えてきだしています。森林動物研究センターで鹿の動きを専門的に研究しているところや、被害対策の指導をしている部署と実際のデータを共有して、今後の活動に繋げていきたいですね。例えば、夜に集落へ出てくるコースを把握したり、他の地域に出てくる可能性についてシミュレーションする、という活用が出来るかなと思っています」(新見氏)

 令和2年度の本ドローン活用事業では、T&Tは防災分野でも提案が採択され、スピーカードローンを使った避難誘導の実証実験を行った。T&Tはこのスピーカードローンを鳥獣対策にも応用することはできないか、と考えているという。

「防災分野では、その場その場の状況にフレキシブルに対応出来るように、非常にシンプルな“スピーカー”を搭載したドローンを提案させて頂きました。このスピーカーからオオカミや犬の鳴き声など、対象の動物が嫌がりそうな音を流すことで、住宅地の近くにいるシカなどの追い払いが出来るのではないかと考えています。またその後、動物が逃げていく道をドローンで追いかける調査をすることも可能ではないかと思っています。また兵庫県さんと相談しながら、実証実験を行っていきたいですね」(中田氏)

 本事業内容でのレベル3での実証実験は、実施時非常に先進的な取り組みとして関係者より注目され、いくつかの媒体でニュースとして取り上げられている。先進的ドローン活用としての重要性は勿論のこと、今後の兵庫県の鳥獣対策に大きな影響を与える実証実験結果となったと言えそうだ。

(取材・文 かのうよしこ)