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Interview

蜂に果敢に立ち向かうドローンを開発、昆虫と人間との“安全”な共生を模索する

#ドローン #バキューム #兵庫県 #実証実験 #蜂駆除
2022.02.3

 兵庫県の「ドローン先行的利活用事業」は、兵庫県の産業労働部産業振興局新産業課と新産業創造研究機構(NIRO)がスタートした、兵庫県全庁横断となる取り組みだ。県内企業を中心とした官民連携でドローンの利用を促すべく、令和元年度から実証実験企画を行ってきた。本稿は令和3年度の公募事業のうち、害虫駆除におけるドローン活用という、まったく新しい取り組み事例についてレポートする。

 「蜂を駆除するドローン」の開発から実証実験まで取り組みを続けてきたのは、株式会社ダスキンで害虫駆除一般を主業務とする齋藤氏だ。そして「蜂の巣にぶつかっていく」「蜂を吸い込む」という異色の依頼を受けドローン開発を担当した、株式会社石川エナジーリサーチの林氏に、ドローン開発をスタートさせた当初の課題感から、実証実験を本公募事業にて実施した理由、これからの展望まで、詳しく話を伺った。

作業困難な害虫駆除に、“闘う”ドローンが立ち向かう

 齋藤氏が所属するダスキンのターミニックス事業部は、害虫駆除一般を担当する部署だ。主力とするのは飲食店向けの衛生管理サービスで、ゴキブリ、ネズミなどの駆除を行う。一方、家庭向けの事業としては、シロアリを始めとした様々な虫の駆除依頼を受けている。そのメニューのひとつ「蜂駆除」にドローンを活用できないかと考えたのが、本プロジェクトスタートのきっかけとなった。

「昨今ドローン利活用が一般的になってくるなかで、社内でもドローンを使って何かできないか、ということが話題になり、蜂の駆除に使えないだろうかと考えたのです。生きて飛び回っている蜂のところに、例え防護服を着ていたとしても近づいていかないといけないということは、作業者にとって非常に心理的負担があります。また巣が高所にあることが多く、ご依頼頂いてもお断りせざるを得ないケースが非常に多いのです」(齋藤氏)

 蜂駆除に当たっては、作業者は重いゴワゴワした宇宙服のような防護服を着て、非常に動きにくい状態で蜂の巣に立ち向かわなければならない。例え防護服が守ってくれると分かっていても、蜂が急に目の前を襲ってくると咄嗟に振り払ってしまう。ダスキンでは危険回避の観点から防護服での脚立作業は禁止しているため、対応できるケースは必然的に手の届く範囲にある巣に限られてしまう。

「もしドローンを利用して蜂駆除することができれば、これまで作業者さんが“目の前”という至近距離で蜂の巣と対峙していたところ、数メートル離れられる。この差は非常に大きくて、それだけでも心理的な安心感はすごく高まります。また、高所作業も可能になりますから、作業者の安全を強化したうえで、依頼者への対応幅を広げることが出来る。これを実現してくれる会社さんを探している時に、石川エナジーリサーチさんに巡り会いました」(齋藤氏)

バキューム付き「ぶつかっていくドローン」の開発

 石川エナジーリサーチはエンジン開発における技術研究企業であったが、6年程前からドローン事業に参入した。開発、製造、販売を一貫して行い、現在は比較的大型のドローン機体を産業機として取り扱っている。本プロジェクト担当の営業部林さんは、ダスキンから依頼されたドローン案を聞いたとき「これはかなり新しい試みだ」と思ったという。

「実は、蜂駆除のドローン自体は、既に世の中にはありました。例えば火炎放射器や殺虫剤を撒く機械をドローンにくっつけて対応します。一方でダスキン様のご要望というのは、周囲の生態系や環境に非常に配慮されたもので、殺虫剤等は使わずに、蜂の巣にぶつかって巣を物理的に破壊したり、蜂を吸い込んだりということを求められました。イレギュラーはあるものの、通常ドローンはぶつかって“いかない”ようにつくるものです。しかも、バキューム装置などを付けるとなると小型というわけにもいかない。かなりのレアケースだと思います」(林氏)

要求された機能性を満たした上で、対象物にぶつけてもドローンが壊れないよう機体にプロペラを守る構成を付け足したり、「モノにぶつけに行く」ことを前提とした機体制御のパラメータ調整を行った石川エナジーリサーチ。開発はダスキンと密にやりとりを重ね、今の形が出来上がったという。試行錯誤を重ねる上で最も難しかったことは「“ぶつかる試験”を何度もすることが出来ないことが難しかった」とのこと。衝突に類似した試験を行ったという。

 もう一つの特徴と言えるのは、長時間滞空を可能にした有線接続でのエンジンである。パイロットが視認できる範囲でしか飛ばす必要がない一方で、蜂や蜂の巣に対してアクションを起こすということで、対応中は非常に緊張感のある飛行となる。そこで、充電について気にすること無く作業に集中できるよう地上からエネルギーを供給し続け、長時間飛行できる構成がベストと考えた。元がエンジン開発の会社だけに得意分野であったことも幸いした。

「おおよその実装の目処が立って、このドローンをどう活用していくか、どう展開したらいいのかということを考え始めた頃、『国際ドローン展』で兵庫県のドローン先行的利活用事業について知りました。ダスキンは大阪の会社ですが、お隣の県というとで、何か連携できないかと考えて声をかけさせて頂きました」(齋藤氏)


官民連携した丁寧な”段取り”が、ドローン駆除には必須

 齋藤氏は兵庫県とコンタクトした当初について「ドローンで蜂を駆除することを企画しています、とお伝えしたところ、最初は県担当者から『何それ?』という感じで、ポカンとされていた印象ですね(笑)」と笑いながら振り返ってくれた。しかし実はこれこそが、次のステップに進むに当たって大きな課題となっていた部分であり、兵庫県との連携やバックアップを必要としていた、最大の理由でもあったという。

「蜂駆除ドローンはまだ実証実験段階です。もちろん万全の準備をして作業をさせて頂きますが、駆除作業中は非常に緊張感がある現場にならざるを得ません。防護服を着た人達が非常に目立つ大きな音をさせながら、ドローンで蜂の巣を攻撃している光景というのは、周囲にお住まいの方からしたらビックリしてしまいますし、怖いと思いますよね。

 誰もがまだ『蜂駆除ドローン? 何それ?』という現状の中で、実証実験などの場をご提供頂く方や関係者に対して、実施する内容を説明し、ご納得いただかなくてはなりません。このハードルを民間会社が身一つで乗り越えるのは、非常に難しいと感じていました。市民の生活の安全・安心を向上させる取り組みであるという点でも、今回兵庫県さんにご協力頂いただいて官民連携の事業に出来たのは、とても大きなことだと思っております」(齋藤氏)

 兵庫県内において、蜂駆除の要望は現実としてあるのだろうか。齋藤氏はこれまでの経験から、他県よりも多いのではないかと感じていたため、兵庫県との連携が決まってからダスキンの問い合わせ窓口のデータを確認したところ、神奈川県と兵庫県がツートップの位置を占めていたという。兵庫県との連携が、まるで必然であったかのようなデータだ。豊かな自然と都市機能が拮抗している土地柄では、蜂に悩む市民の数が多くなるのだろう。

「弊社への蜂駆除のお問い合わせは沢山ありますので、当初は実証実験できる現場は問題無く見つけられるという想定でした。ところが実際に現場を見に行くと、電線などの影響でドローンが飛ばせなかったり、民家が周囲に多く現状のドローン実験が難しかったりと難航しました。また蜂駆除の問い合わせをされる方は、『蜂が怖いから1日でも早く駆除して欲しい』という思いでコンタクトされますので、『ドローン駆除だと用意に1週間かかります』とお伝えすると通常手段でのフローをご希望されることが多かったです」(斎齋藤氏)

「実施にあたっては関係者の方に『こういう作業をしますよ』ということをしっかり説明させて頂いた上で、作業に入らせて頂きました。当日、実証実験中に、近所の方が現場の様子を見にいらっしゃいましたが、事前にお話を通して頂いていましたので、無事実験を終えることができました。ただ『蜂の巣を駆除できればいい』ということではなくて、周囲の方々に、いかにご理解を得た上で取り組んでいくかが非常に大切だと考えています」(齋藤氏)

「ドローンは今、社会実装に向けてかなり広がりを見せています。一方で広まれば広まるほど、安全性、プライバシーの問題など、様々な側面でドローンに不安を感じる方も増えてきています。私どもドローン企業としては、今回の『蜂を駆除するドローン』は、非常に特殊な実証実験だったと思いますので、場を提供してくれるところが少ないことはある程度想定しておりました。依然として実証現場を探す難しさがある中、ドローンについて先進的な取り組みをする兵庫県さんが、大きな助けになってくれたと感じています」(林氏)

※ドローン操作後の蜂の巣。この後手作業で巣を取り、完全に撤去した


「害虫駆除ドローン」実現は、業界を大きく変える可能性に満ちている

 「実証実験の場を得る前は、『本当にこれで蜂が吸えるのか?』とかなり心配だった」という林さん。現場での実験を繰り返していく中で、蜂を吸えるということはもちろん、「作業者が蜂の巣に近づかなくていい」というメリットがより明確に見えてきたことで、この先のビジネス展開についても自信を持つことができたと言う。一方で、本機を一般の作業者に操縦して貰うには、まだ調整をする必要がありそうだ、ということが課題として見えてきたそうだ。

「今回の実証実験で操縦したのは弊社の顧問で、この道50年の日本でもトップクラスのベテランパイロットです。一般的なドローンの飛行であれば、そんなに難しいものではなく、ライセンスを持っていれば操縦可能でしょう。ところが今回は、機体が急降下したり急上昇したり、対象物にぶつかっていったり、蜂を吸うなど、非常に特殊なものになります。今後の実用化検討にあたっては、操縦者の力量に頼り切りにならないように調整をしていかなければいけない。そのあたりも課題じゃないかと、ダスキンさんと話しているところです」(林氏)

 一方で、ダスキンの齋藤氏からは“プロのパイロットスキルが必要”ということが、むしろユニークで魅力的な職業に感じて貰える可能性があるのではないか、という、興味深いコメントを頂いた。

「害虫駆除の業界のイメージは、一般的にいってあまり良くない。知れば知るほど奥深い世界ではありますが、やはり避けられてしまいがちです。今は『暗い場所が大丈夫な方』とか『虫が平気な方』といった募集をしていますし、若い方が積極的に『やりたい!』と来て下さるような事業ではありませんね。

 ところが、今回の『蜂駆除ドローン』で、家にいながらにしてゲーム感覚で蜂の駆除できる業務を募集しますということになれば、石川エナジーリサーチのパイロットのような方、eスポーツが得意な方が、弊社の社員となってくれるかもしれません。新技術参入で業界を盛り上げることで、表面的なイメージからでもいいので事業に興味をもっていただき、雇用の促進にも繋げていけたらいいなと思っています」(齋藤氏)

最後に、2社にこの異色の「蜂駆除ドローン」について、今後の展望をお伺いした。

「兵庫県さんには実験の場をご提供いただいていることはもちろん、展示会の兵庫県のブースやウェブサイト等に弊社の名前を出して頂き、非常にありがたく思っております。弊社としては本当に新しい挑戦ですし、世の中のためになる商品でもあるので、今後とも力を入れていきたいと思っています。ドローン産業が目まぐるしく変化している今のタイミングで、ダスキン様と一緒にこのような特殊な取り組みをすることが出来たのは大変有り難く思っています」(林氏)

「このドローンが実際に現場に導入されたとき、どこまでをドローンが担うのか。まずは全く手が届かないところに特化して導入するのがいいのかもしれない、など、線引きが必要なのかの整理が必要な段階に来たと思っています。石川エナジーリサーチさんと共に、引き続き開発を進めて行きたいと思います。兵庫県さんは、引き続きドローンの利活用に取り組まれるかと思いますが、奇抜なアイデアにも目を向けていただいて、ドローンが活躍する社会を作る助けをしていただけたらありがたいと思っています」(齋藤氏)

 今後、2社は安全面や対応業務についての試行錯誤を進め、実際にビジネス展開することも具体的な視野に入れてプロジェクトを進めているという。本実証実験を通じて、新しい害虫駆除の未来が切り開かれたと言えそうだ。

(取材・文 かのうよしこ)